コナー・ブラッドリー

名前 コナー・ブラッドリー(Conor Bradley)
生年月日 2003年7月9日
国籍/出身 北アイルランドキャッスルダーグ)
身長 181cm
ポジション RSB
所属 リヴァプールFC

TAAの牙城に挑戦する北アイルランドの若き才能

プレー動画          

経歴             

■2003-2016年(幼年期~セント・パトリックス)

1986年のメキシコW杯以降、ワールドカップ本戦に出場できていない北アイルランド。それでもEURO2016に初出場を果たしてからは予選ラウンドでも一定の強さを見せており、今後の成長も期待されているなか新たな才能が誕生している。彼の名前はコナー・ブラッドリー。父ジョーと母リンダの次男として北アイルランド・ティロン県のキャッスルダーグに生まれると、人口3000人程度の小さな町にて兄ナイルと妹ジョアンヌの2人の兄妹に囲まれながらすくすくと育っていた。

地元キャッスルダーグにあるセント・パトリックスFCにてキャリアをスタートさせると、当時のエピソードとしてこんな話がある。最初のコーチであるローリー・リンチ氏が語るには、とある日のU11のメンバーに4人の子どもたちが風邪をひいたことで選手不足が生じると、彼の従兄弟が「コナーを連れてきて!」と言い続けていたことがあった。それでも当時8歳であり3歳も年上のカテゴリでプレーすることに慎重な姿勢だったが、あらゆる方法で選手を集めようにも結果的には彼を出場させるしかなかったという。

試合当日ではわずか1人のベンチ選手として控えていたが、試合開始2分後にチームメイトが負傷すると早速出番が到来。ローリー・リンチ氏は「ボールを持ったらパスだ。人にぶつからないように、チャレンジしないように。怪我をしてほしくないんだ。」と彼に伝えたが、8歳の少年はそんな周囲の心配を真っ向から跳ね除け、その大会での得点王と最優秀選手に輝くパフォーマンスを見せたのだ。

特別な才能を持っていることがそこで明らかになると、セント・パトリックスでは1997年の創設以来で一度もトロフィーを獲得したことがなかったが、彼が11歳になった頃には全てのリーグとカップを制覇するほどまでに跳躍。「コナー・ブラッドリーのチーム」に参加したいという理由だけで周囲から選手が集まると、彼がセント・パトリックスでの最終シーズンになった2016年にはわずか13歳でU16のタイトルも獲得している。そんな当時はサッカーのほかにも、陸上競技やアギャランGACでゲーリックフットボールも楽しんでいた。

■2016-2019年(メイデン・シティ~ダンガノン・スウィフツ)

彼が試合に出場するたびにマンチェスター・シティやユナイテッド、ブラックバーンといったスカウティングの視線が増えるなか、北アイルランドの第2都市デリーに本拠地を構えるメイデン・シティに移籍。メイデン・シティはシニアカテゴリへのキャリアステップを重点に置いたクラブで、2016年の創設と共に加入したがそこでは短期間の所属の末に、NIFLプレミアシップ(北アイルランド1部)に在籍しているダンガノン・スウィフツFCに移籍。ダンガノン・スウィフツのアカデミー責任者であるディキシー・ロビンソン氏は、彼を説得するのに長い期間を費やしたことも語っている。

15歳で加入したダンガノン・スウィフツ(下部組織はダンガノン・ユナイテッド・ユースと表記される)ではU16チームに登録されるも、当時のU18チームを率いていたテリー・フィッツパトリック氏が次世代のためにU16を見学した際に、ひと目でその特別な才能を持っていることを理解したことで、1~2週間後にはU18チームに昇格させたという。練習施設から1時間以上離れた場所に住んでいたが、1時間前には到着しテリー・フィッツパトリック氏と練習をしていたという勤勉さのあるエピソードも見られた。結果的にダンガノン・スウィフツでは15~16歳の年齢でU20の年齢層にまで活動範囲を広げている。

■2019-2021年(リヴァプール)

16歳の誕生日から約2ヶ月後の2019年9月にリヴァプールFCとの契約を交わしている彼だが、9歳の頃には既にリヴァプールとの関係性は構築されていた。セント・パトリックスのコーチ兼アイルランドサッカー協会の関係者であるステファン・ディーリー氏が、リヴァプールのスカウト担当であるクリフ・ファーガソン氏に才能を伝えたことが起因しており、週に2回程度はリヴァプールの開発拠点があるベルファストにてトレーニングを行っていたという。U9~U11までのグループに参加しながらも、U12~U13のトレーニングに参加するのには時間がかからなかったと語られるほどに才能を示していたため、継続的にアプローチを行っていたリヴァプールへの入団はスムーズに実現している。

リヴァプールでの1年目はバリー・ルータスが率いるU18からスタート。U18プレミアリーグ(U18リーグ)第5節のマンチェスター・シティU18戦でデビューを飾り、2019年12月にはチェルシーU23戦にてプレミアリーグ2(U23リーグ)でのデビューも果たしていたが、COVID-19の影響によってリーグ戦は中断、彼の初年度はパンデミックによって終わりを告げている。合計で13試合(716分)の少ない出場であったが、2020年7月にはリヴァプールとの最初のプロ契約を締結しており、U18からそのままU23の指揮官に就任したバリー・ルータスの手によってリヴァプールU23への昇格が決定した。

2020/21シーズンはネコ・ウィリアムズがトップチームに昇格したこともあり、空座となった右サイドバックのポジションを奪取。4歳上のトニー・ギャラハーとのポジション争いもあったが、より若く将来性のある彼が選ばれたことで、FAユースカップ(U18)の影響以外では安定してU23でプレーしながら2年目の成績を16試合1得点2アシストの成績(U23)で終えている。また、FAユースカップでは惜しくもアストン・ヴィラU18に敗れはしたが、リヴァプールU18の準優勝に大きく貢献した。

新たな2021/22シーズンではオーストリアでのプレシーズンキャンプ(トップチーム)に帯同し、VfBシュトゥットガルト(ドイツ)との親善試合にも出場。2021年9月21日に開催されたカラバオ・カップ3回戦では、ノリッジ・シティ(1部)を相手にフル出場にて0-3の勝利に関与し、北アイルランド人としては1954年にサミー・スミスが出場して以来、約67年ぶりにリヴァプールのトップチームで出場するなど国家単位でも歴史的な瞬間となっている。ミスをSNSによって批判され退団の可能性も示唆しているネコ・ウィリアムズに代わるバックアッパーとして注目が集まっているところだ。

代表歴            

2018年~2019年にかけて彼は北アイルランドU16~U17でプレーしていた。リヴァプールへの移籍によるクラブ活動への専念やCOVID-19の影響によるコンペティション中止といった状況もあり、2020年には代表ユニフォームを着用していない。しかし、2021年5月に初めて北アイルランドのフル代表に選出。マルタとの親善試合にてデビューを飾り、イタリア、スイスと同組となったワールドカップ予選にも挑んている。

移籍の噂           

リヴァプールFCとは2023年6月末まで延長しており、退団の可能性は低いだろう。トップチームにトレント・アレクサンダー=アーノルド(TAA)という絶対的な存在が君臨していることもあり、彼に立ち塞がる壁は大きなものだろう。そんなTAAのバックアッパーにはユーティリティ性のあるジョー・ゴメスと生え抜きのネコ・ウィリアムズが控えているが、ネコ・ウィリアムズの退団話が報じられているため、本職のバックアッパーとして必要となる可能性も高いはずだ。

プレースタイル        

右サイドバックまたは右ウィングバックを主戦場としている彼は、攻守の両方においてクオリティに優れたプレーを90分間に渡って継続できる安定した選手だ。幼少期のストライカーとしての血が高い攻撃性能として表れており、ファーストタッチの差で自身の得意な間合いを作り、前のスペースからゴールまでのルートを描いた際には単独で迫ることができるなどスピードとテクニックが両立したパフォーマンスを見せている。

また、181cmのサイドバックとしては申し分ないフィジカルポテンシャルを持っており、現時点では64kgとややウエイトを強化する必要性はあるが、インテンシティの高い守備を見せているため、徐々にトップチーム仕様に近づければ問題はない。彼をリヴァプールに連れてきたクリフ・ファーガソン氏は、彼の知性と態度を評価しており、戦術的に物事を判断できる能力、先述のエピソードにもあるような勤勉さは彼を成長させる大きな要因だろう。