ジョー・スカリー

180-184cm,2002,SB,アメリカ

名前 ジョー・スカリー(Joe Scally)
生年月日 2002年12月31日
国籍/出身 アメリカレイク・グローブ)
身長 184cm
ポジション SB/WB
所属 ボルシア・メンヒェングラートバッハ

ジョセフ・スカリーとも表記される

ドイツの舞台で躍動するアメリカの新星サイドバック

プレー動画

経歴

■2002-2015年(幼年期)

アメリカ合衆国のニューヨーク州南東部にある同国最大の島であるロングアイランド島。彼はそんな島内でもほぼ中央に位置しているレイク・グローブという小さな村にて誕生した。母親のマーガレット・ペラジーンは15歳の頃にU16トーナメントで全米チャンピオンにも輝いたこともあるサッカー少女という過去を持ち、父親のジョン・スカリーはレイク・グローブにて『ヴィレッジ・イディオット・パブ』というパブの共同経営者、そしてドリューとアンナをあわせた3人兄弟というのが彼の家庭環境である。

6歳になるとセイチャム・スクール(小学校)へ入学すると共に、ニューヨーク州東部のユースサッカー協会(ENYYSA)に登録。ロングアイランド島内のジュニアリーグに挑戦するようにして、それぞれスターバースト、ファルコンズ、リンクス、デストロイヤーズというカテゴリ間の愛称を持ったチームにて躍動していた。デストロイヤーズでプレーしていた11歳の頃には、セイチャムの高校で31年間のコーチキャリアを誇るフランク・シュミットに発見されており、長いコーチ生活のなかでもこれだけ成熟した少年は見たことないという評価を与えている。

同氏が選手に1~16までのランク付けをするならば、彼は確実に1だったと語りつつも、彼自身は子どもたち内でパートナーを組ませた際には15~16(ランク)のチームメイトと組むことを志願していたという。一般的な少年であればスキルの優れた相手と組みたいと考えるが、彼はパスの半分も返せないような相手を選ぶという感受性なのか精神的な成熟なのか分からないような一面を見せていた。

また、ある日の試合で同じくニューヨーク内でプレーしていたジョヴァンニ・レイナと相まみえると、フランク・シュミットは「ジョー、今日まで私が見てきた12歳のなかで君が最も優れていると思っていた。ただ、あの13番(ジョヴァンニ・レイナ)は君よりも優れている。」と発破をかけており、彼の成長に必要なライバルであることを意識させるなど同氏の教えは長きに渡って行なわれている。

■2015-2020年(ニューヨーク・シティ)

13歳になった2015年よりニューヨーク・シティFC(NYCFC)のアカデミーに加入すると、そこでは同時期に加入したジョヴァンニ・レイナの姿もあり、彼らのライバルであり友人でもある関係もまた始まった。NYCではこれまでの攻撃的ポジションから右サイドバックとしての道を開拓し、クラウディオ・レイナやパトリック・ヴィエラにも認められるような存在として、2018年3月にはわずか15歳でプロ契約を締結。当時ではフレディ・アドゥに次いで史上2番目の若さでのプロ契約であることが話題となり、2018年6月のUSオープンカップではニューヨーク・レッドブルズとの試合にてトップデビューも達成している。

そこからトップチームでの出場試合数は少なかったが、世代別代表の活躍が評価されたことによって2019年11月にボルシア・メンヒェングラートバッハ(ドイツ)に移籍することが発表。移籍が可能となるのは18歳の誕生日を迎える2021年1月という面からも早い段階での交渉であった。退団が決まった後に迎えた2020年シーズンだが、指揮官であるロニー・デイラは彼を主軸にすることはなくアントン・ティネルホルムを起用していたことで、ベンチ入りはするも出場試合数は6試合(時間換算では95分)という扱いにて終えている。

■2021年(ボルシア・メンヒェングラートバッハ)

MLS(アメリカ1部)が2020年11月にシーズン終了となり、約2ヶ月の準備期間を経て彼はドイツに到着。ヨーロッパはシーズン途中ということもあり、彼はボルシア・メンヒェングラートバッハのトップチームではなくセカンドチームに登録されると、2021年2月に行なわれたレギオナルリーガ・ヴェスト(ドイツ4部・西)第28節のアレマニア・アーヘン戦にてデビューを飾り、以降は途中加入ながら出場時間に恵まれ15試合に出場している。

 

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2021/22シーズンを迎えると、ヴァレンティーノ・ラザロやオスカル・ヴェントの退団に伴い手薄になった左サイドバックおよびウィングバックの穴を埋めるようにして、DFBポカール(カップ)1回戦のカイザースラウテルン戦にてトップデビューを達成。続くブンデスリーガ(ドイツ1部)開幕節となる王者バイエルン・ミュンヘンを相手にも左サイドバックで先発し、同試合を引き分けに終えるパフォーマンスで新指揮官であるアドルフ・ヒュッターからの信頼を得ると、ステファン・ライナーの離脱期間中では本職の右サイドも埋めるなど開幕から全試合出場中とフル稼働だ。

代表歴

2017年4月に14歳でアメリカU15でプレーしていた彼だが、同年には3歳上のカテゴリであるアメリカU17の試合にも出場。2019年5月のCONCACAF U17選手権ではチームの準優勝に貢献し、そのまま2019年10月のU17ワールドカップ2019ではグループリーグで敗退を喫するも全3試合に出場している。

2021年11月にはボルシア・メンヒェングラートバッハでの活躍が評価されるようにして、2022年のワールドカップ予選に向けたアメリカA代表に初招集。デビューには至っていないが新世代が台頭しているアメリカを背負う逸材の仲間入りを果たした。

移籍の噂

ボルシア・メンヒェングラートバッハとの契約期間は不明だが、少なくとも2024年6月末までは残していることだろう。移籍後で本格的にプレーしているのが今季(2021/22シーズン)であるため、残留の可能性は高い。それでもリーグ戦では17節を終えた時点で降格圏に近い14位に沈んでいるなど、万が一の降格では引き抜かれる可能性もあるだろう。かつてニューヨーク・シティで同僚であったパトリック・ヴィエラが率いるクリスタル・パレスもまた考えられる選択肢となっている。

プレースタイル

サイドバックとウィングバックの両方で起用可能なプレーヤーであり、利き足は右足であるため右サイドを主戦場としつつも状況に応じて左サイドでも起用可能な一面を持っている。184cm/80kgの体格に加え、スピードを活かした守備範囲が広く対人戦にも強いほか、右足からの精確なクロスは既にブンデスリーガの舞台でも際立つ。幼少期はトップ下や最前線といった攻撃的なポジションを担っていたこともあり、テクニックにも優れているためサイドで密集した局面でも打開できる強みも武器だ。テクニカルかつ高いインテンシティでチームに貢献するスタイルを中心としながら、性格面は目立ちたがり屋ではなく地に足のついた控えめであることも知られているため、ピッチ上だけで彼の激しさは見られる。