エドアルド・ボーヴェ

選手紹介
名前エドアルド・ボーヴェ(Edoardo Bove)
生年月日2002年5月16日
国籍/出身イタリアローマ)
身長179cm
ポジションAMF/CMF
所属ASローマ

次世代のローマを象徴するプロフェッショナルな大器

プレー動画

経歴

■2002-2012年(幼年期~ボレアレ)

父ジョヴァンニはナポリ(イタリア南部)の家系、母ターニャはドイツ系イタリア人というローマとは離れた出身地で構成されているが、アッピオ・ラティーノ地区で育ってきた彼には間違いなくローマの血が流れていた。彼がボールを蹴り始めた経緯については父親からよく聞かされていると語り、それは赤ん坊だった彼が通りすがりの老人の顔を強く蹴っていたことに始まっている。

父は息子の行動にショックを受けながらも、子どもがこれだけ力強く蹴るのを見たことがないと思い、サッカーボールを与えるきっかけとなっていた。1歳半~2歳のときには母親が職場にボールを持った彼を連れて来ると、壁に1人でボールを蹴りながらリズミカルなやり取りが行われていたという。そんな逸話を持った彼が初期キャリアを過ごしたのはローマの北部にある『ボレアレ・ドノリオーネ』と呼ばれるアマチュアクラブであり、そこは知人(レアンドロ・レオナルディ氏)が経営しているクラブであった。

スクールでは全てのポジションをプレーさせる方針の下、どこでも高いレベルでこなしていた彼はローマを代表するASローマとSSラツィオが欲しがるのも当然の才能であることを証明しており、この時点で同世代の選手と比べて頭一つ抜きん出た存在であったことをレオナルディ氏は回想している。その一方で、テニスプレーヤーとしての評価も高く、ラツィオでもトップ3に入る実力の持ち主であった彼は、錦織圭などを輩出したニック・ボロテリー・テニスアカデミー(アメリカ合衆国/フロリダ州)で実力を試す機会があり、10歳だった彼はテニスの道を歩むことを進言されながらも13歳になるとサッカーだけに専念することを選択した。

10歳当時の彼に対しては、ローマとラツィオの両クラブが熱心なアプローチを行っており、ラツィオについては今は亡き祖父がプリマヴェーラまでプレーしたクラブという縁も持っていた。それでもローマのブルーノ・コンティ氏とステファノ・パルミエリ氏は彼のローマに加入させるべくトライアウトを受けさせると、本来であれば2回のトライアウトが必要ながら、彼はそれを理解しておらず1回目だけに参加。その後、2回目の参加が必要な旨を電話を伝えられたことで母親と再び会場に向かうも、ブルーノ・コンティ氏が到着すると「もう合格しているよ。」と彼は特例で告げられている。こうしてASローマでの物語は始まった。

■2012-2022年(ローマ)

ローマの下部組織に加入した彼は、ローマで最も有名で権威のある『マッシミリアーノ・マッシモ・インスティチュート』に通うことで学業との両立を目指しながらの生活であった。2017/18シーズンにU16カテゴリで27試合11得点を記録した彼は、2017年12月には15歳でカンピオナート・ナツィオナーレU17(U17リーグ)でのデビューを達成。翌2018/19シーズンはU17リーグのレギュラーシーズンで15試合15得点の活躍でリーグ優勝に貢献するだけはなく、ファイナルラウンドでは決勝戦でインテルU17に敗れるも中心的な存在でチームを牽引した。

同シーズンの終盤にはエンポリU19戦にてプリマヴェーラ(U19)の試合のデビューを飾るなど5試合に出場。2019年4月のスコピーニョ・カップ(U17)では優勝と個人タイトルとしてトーナメントでのベストプレーヤーにも選出されている。2019/20シーズンはプリマヴェーラに昇格するも、第22節を最後にCOVID-19の影響により中断され、16試合3得点5アシストがこの年のプリマヴェーラにおける成績であった。

 

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2020/21シーズンの前には足の手術を行ったことで一定期間の長期離脱が予想されていたが、COVID-19の影響でシーズンは2020年9月からの開幕だったこともあり、開幕から2ヶ月後の2020年11月にはピッチに舞い戻っている。1ヶ月後にはUEFAヨーロッパリーグにおいてパウロ・フォンセカが率いるトップチームのベンチ入りを果たすと、シーズン終盤の2021年5月にはセリエA(イタリア1部)第35節のクロトーネ戦にてトップデビューを達成した。

2021/22シーズンを迎えると、プレシーズンキャンプにて新指揮官であるジョゼ・モウリーニョからの評価を勝ち取り、開幕節となるフィオレンティーナ戦でも3分間ながら出場。第26節のエラス・ヴェローナ戦では値千金の同点ゴールでチームに貢献しているが、シーズンを通しては出場機会は限られたものであるため、今後のさらなる成長が必要な状況だと言えるだろう。

代表歴

2018年1月にイタリアU16へ選出されている彼は、1年後にはイタリアU18でのデビューを飾るなど世代別代表を順調に通過している。2021年9月からはU20エリートリーグのためにイタリアU20でプレーしており、2022年3月にはイタリアU21のリスト27名に選ばれているが出場には至っていない。

移籍の噂

ASローマとは2021年末に新たな契約として2025年6月末までの契約延長に署名している。2021/22シーズン前の移籍市場では、ストライカーを探していたローマに対しての交渉材料としてジェノア(ショムロドフ)とナポリ(ミリク)より要求されていたことや、セリエBのクラブへの期限付き移籍の可能性が浮上するもジョゼ・モウリーニョの下で成長する道を選択した。

そこから1シーズンが経過しようとしている現在では、出場時間の少なさから来季の選択に注目が集まっているところであり、残留かレンタルで重要な分岐点となる見通しだ。ちなみに代理人はディエゴ・タヴァーノ氏が務めており、信頼関係は強固なものとなっている。

プレースタイル

メッザーラ(インサイドハーフ)とトレクァルティスタ(トップ下)を主戦場とする攻撃的なミッドフィールダーであり、ピッチ上の中央であればどこでもプレーすることが可能な万能な選手だ。現代のミッドフィールダーに求められる得点力も有した選手であり、優れたテクニックで簡単にアタッキングサードに侵入できるほか、右足からの展開力、ゴール前の冷静な決定力にも定評を持っている。

そんな彼を語る上で欠かせないのはプロフェッショナルな姿勢であり、ダニエレ・デ・ロッシを模範にピッチ内外での振る舞いも一流となっている。ベンチに座っている時間が長いながらも常に出場を見据えた準備を怠らない意欲的な姿勢、そしてヴェローナ戦でのゴールとして現れた結果はこれらを象徴する出来事だろう。また、攻撃だけでない守備のフェーズも自身で重要だと感じているように、非保持時でも球際では強度の高いプレーで貢献することも彼の特徴だ。次世代のローマを牽引するための意識付けが既に完成されており、こうした年齢以上の成熟したメンタル、知性(戦術理解力)は彼が特別たる存在になることを予感させるだろう。

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