オマル・カンポス

名前 オマル・カンポス(Omar Campos)
生年月日 2002年7月20日
国籍/出身 メキシコメキシコシティ)
身長 174cm
ポジション LSB/LWG
所属 サントス・ラグナ

Uber Eatsで育てられたメキシコの新鋭サイドバック

プレー動画          

経歴             

■2002-2016年(幼年期~D.E.モリナ)

2020年夏、メキシコ代表が日本の地にてイタリア/クロアチア/エクアドルからの3連勝を勝ち取り、多くの国民を熱狂させた日韓ワールドカップの後、彼はメキシコ国内の最大都市であるメキシコシティにて誕生した。育った街はメキシコシティのなかでも最も古く商業の中心地にあたるクアウテモク地区であるが、彼は裕福な家庭ではなかったため、『バリオ・ブラボ(過酷な地区)』と呼ばれるようなテピトの住民であったという。

そんなバリオ・ブラボの通りでボールを蹴っていた少年は、近郊にあるデポルティボ・エリアス・カリェスとデポルティボ・エドゥアルド・モリナで基本技術を身に着けると、13歳の頃には多くの大会でその存在が知れ渡っていた。当時の彼はクラブ・アメリカのファンであったこともあり、ギジェルモ・ナランハ(クラブ・アメリカのコーチ)に連れられるようにして2度の練習に参加しているが、いずれも帰ってきた際に「もう続けたくない」と懇願したことで契約は破断。同時期にはモンテレイも彼を欲しており、旅費も全て提供してくれるような待遇を示していたが、彼自身がそれを望んでいなかったことでテピトから離れることにはなっていない。

■2016-2021年(サントス・ラグナ)

クラブ・アメリカとモンテレイからの誘いを断った彼が、再び重い腰を上げたのはテピトから約1000km離れた位置にあるサントス・ラグナの練習施設を見学したときのことであり、今まで乗り気ではなかった彼が初めて喜んだ姿で帰ってきたのが全ての始まりであったという。こうしてサントス・ラグナの下部組織に加入した彼は、当時はストライカーとして30~50ゴール奪うような存在となりながら順調な歩みを見せていた。それでも経済面の問題は付きまとっており、Uber Eatsで生計を立てている父親は彼にプロ仕様のシューズを買うためには250回程度の配達が必要だったと回想している。

17歳ながらサントス・ラグナU20で輝いていた彼は、2021年初めより指揮官のギジェルモ・アルマダの目に留まりトップチームに昇格。2021年1月のリーガMXクラウスーラ(メキシコ1部後期)のティグレスUANL戦にてトップデビューを飾ると、デビュー3試合目となるアトラス戦では横からのパスを冷静に鎮めるシュートにて初得点を記録していた。デビューから2ヶ月程度は左サイドハーフとしてプレーしていたが、アルマダがサイドバックとしての適性を見出し、コンバートを打診すると彼は二つ返事で承諾したという。そのため2021年4月からは左サイドバックで不動のポジションを築きながら出場機会を重ね、2021年5月には後期リーグのファイナルステージでケレタロ、モンテレイ、プエブラを下しながらチームの準優勝に貢献している。2021年7月からのリーガMXアペルトゥーラ(メキシコ1部前期)でも中心的な存在になるなど、クラブを象徴する選手へと成長した。

 
 
 
 
 
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代表歴            

メキシコの2002世代はCONCACAF U15とU17を世代間で制覇しているが、彼はこうした世代別代表とは無縁の存在であった。しかし、現在の活躍によって再注目を集めたことで、2021年8月にメキシコU20に初めて招集されている。

移籍の噂           

サントス・ラグナとの契約期間は明らかとなっておらず、移籍の噂も報じられていない。

プレースタイル        

先述の通り、元々は攻撃的なポジションから左サイドバックにコンバートされた経緯があるため、彼は非常に技術力に優れたプレーヤーだ。メキシコ人らしさのある推進力で積極的な攻撃参加が持ち味で、深い位置まで侵入しながら低い弾道のクロスを供給する。シュートセンスも非凡なものを持っているため、隙さえあれば積極的に狙うだろう。休日にはテピトに戻り父の配達(Uber Eats)を手伝うことでも知られ、過去にはピザを足で持っていたことを叱られたことで、物事を大切にすることを学ぶなど高い人間性もバックグラウンドから形成された。